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花と人の森、埋もれ失いそして生まれる / Forest of Flowers and People: Lost, Immersed and Reborn

teamLab, 2018, Interactive Digital Installation, Endless, Sound: Hideaki Takahashi

花と人の森、埋もれ失いそして生まれる / Forest of Flowers and People: Lost, Immersed and Reborn

teamLab, 2018, Interactive Digital Installation, Endless, Sound: Hideaki Takahashi

空間には複数の季節が同時に存在し、それらがゆっくりと移り変わっていく。花々は、移り変わっていく季節に合わせて、生まれる場所がゆっくりと移り変わっていく。花々は生まれ、成長し、咲き、やがては散り、枯れていく。誕生と死滅を、永遠と繰り返し続ける。

花は、人々がじっとしているといつもより多く生まれ、人々が花に触ったり、歩きまわると、いっせいに散っていく。

そして、他の作品に影響を与えたり、他の作品の影響で散ったりもする。例えば、蝶は花が咲いている場所に寄って来るし、滝の水に覆われたり、カラスが飛ぶことによって、散っていく。

作品はコンピュータプログラムによってリアルタイムで描かれ続けている。あらかじめ記録された映像を再生しているわけではない。全体として以前の状態が複製されることなく、鑑賞者のふるまいの影響を受けながら、変容し続ける。今この瞬間の絵は二度と見ることができない。

春、国東半島に訪れた際、山の中の桜やふもとの菜の花を見ているうちに、どこまでが人が植えたものなのか、どこまでが自生している花々なのか疑問に思った。そこは多くの花に溢れ、非常に心地よい場所だった。そして、花が多いということは、その自然が、人の営みの影響を受けた生態系であることを感じさせる。どこまでが自然で、どこからが人為的なのか、境界が極めてあいまいなのだ。つまり、自然と人間は対立した概念ではなく、心地良い自然とは、人の営みも含んだ生態系なのであろう。そして、近代とは違った、自然に対して、人間が把握したり、コントロールしたりできないという前提の自然のルールに寄り添った人の長い営みこそが、この心地良い自然をつくったのではないだろうか。近代以前、文明は海路によって栄えたが、陸路中心に変わった近代以降、長らく陸の孤島となっていた谷間の人里には、以前の自然と人との関係が、ほのかに残っているように感じられ、コントロールできないという前提の下での、自然への人為とはどのようなものなのか、そしてそれらは、何か未来のヒントになるのではないかと考えさせられる。